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入局の抱負—西江龍太郎先生

沖縄中部病院・北部病院で総合内科として活躍された西江先生が当科に入局してくれました!

4月から一緒にお仕事を始めたばかりですが、すでにその能力・知識、臨床医としての優れた姿勢、温厚で教育熱心な人格に医局員一同、魅了されております!

西江先生から入局にあたっての抱負をいただきました。

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私はこれまでに沖縄県、神奈川県、岐阜県などの病院で内科医師としてのトレーニングを積んできました。そして今回、ご縁があり東邦大学・総合診療科に入局することとなりました。一般的な疾患から、一見診断に悩むような症例まで幅広く対応できる医師となるために、これかも研鑽いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。

西江 龍太郎

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復職の抱負―斎藤隆弘先生

斎藤先生は本学卒業後、当科に入局され、総合内科研修のメッカである沖縄で武者修行を終えて、この度、3年ぶりに帰ってきてくれました!

下記の通り、抱負を語ってくれました!

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令和3年度より東邦大学大森病院総合診療内科に復職した齋藤隆弘と申します。

私は初期研修医の2年間を東邦大学大森病院で研修し、3年目に東邦大学大森病院総合診療内科へ入局して、4〜 7年目に沖縄県立中部病院と沖縄県立八重山病院で内科研修(最後の1年間は沖縄県立八重山病院で血液診療)を行いました。

本州の医療機関に戻ってくるのは4年ぶりであり、不安な部分もありますが、common diseaseに関しては内科疾患は経験しましたので、その経験を、診療を通じて患者さんに、教育を通じて後輩に還元したいと考えています。

よろしくお願い致します。

齋藤 隆弘

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入局の抱負―松本愛子先生

松本先生は学生時代から総合診療に興味を持ってくれており、本学卒業後は大森病院で熱心に研修され、この度、当科に入局してくれました!

松本先生に入局に際しての抱負を語ってもらいました。

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令和3年4月に大森病院総合診療科へ入局させていただきました、松本愛子と申します。

大森病院での2年間の初期研修を経て、医師として自分に何ができるのかと色々悩みました。

今は、まずは少しでも患者様の辛さを軽減できるように、日々研鑽を積んでいきたいと考えています。

患者様1人1人にしっかり向き合い、医師として人として少しでも成長できるよう日々精進してまいりますので、何卒よろしくお願いいたします。

松本 愛子

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NHK Eテレ 「チョイス@病気になったとき」に佐々木陽典先生が川崎医師会の廣津伸夫先生と出演しました。

3月27日(土)20:00からNHK Eテレ 「チョイス@病気になったとき」に佐々木先生が出演しました。「患者力アップ」というテーマでした。

八島智人さん、大和田美帆さん、そして松田利仁亜アナウンサーのいつものメンバーと、一新されたスタジオでの初放映でした。

東邦大学2号館が映し出され、総合診療科が紹介されました。

5回目の出演になる佐々木先生は、臨床推論の組み立てを説明していました。

今回ご紹介した症例は複数の大学病院の循環器内科、呼吸器内科に受診しても原因不明であった呼吸困難の症例です。ご本人が実際に出演してくれました。

佐々木先生はHbA1cが非常に低値であったことから、異常ヘモグロビン血症を疑いました。そして長期間服薬していた薬剤があることから、血液ガス分析を実施し、メトヘモグロビン血症が原因であることを突き止めました。

休薬しただけで呼吸困難が改善した患者さんは、本当に総合診療科に行ってよかったと話してくれました。そして、階段を軽やかに駆け上がって職場に向かう場面に出てきたのは、廣津医院! 

廣津先生は感染症専門医であり、川崎市で開業されています。廣津先生が医師であることをお示ししてから、佐々木先生から「かかりつけ医が最も身近な総合診療医である」という流れで放映されました。メトヘモグロビン血症の動脈血はチョコレート色になると教科書に記載されています。振り返ってみると、動脈血採取時に「あれ?静脈だったかな?」結果を見て「よかった、動脈血だ」という場面はこれまでの医師人生で何度かありました。血ガス測定にはメトヘモグロビン濃度が測定されない機器もありますので、そのような場面では、おそらく重要なメトヘモグロビン血症を見逃していたのかもしれません。

廣津先生が最後に決めてくれました。

 番組後のメールで廣津先生がとても印象に残ることを教えてくれました。カミュのペストから引用され、「不条理に抗するには、今、自分のできることをただ行うことだけ」そして、「不条理に勝つ、負けるではなく、実践し続けることだ」COVID-19と対峙している私どもがすべきことは、まさにこれに尽きるのかもしれません。

廣津先生、出演いただきまして、誠にありがとうございます。今後ともご指導いただきたく、お願い申し上げます。佐々木先生、大変お疲れ様でした。今回の主役は廣津先生でしたね。それもまたgood job!

                          文責 瓜田純久

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大学院生 鈴木健志先生が学位を取得しました!

 大学院生 鈴木健志先生が維持透析治療におけるケトン体代謝について研究し、論文「Change of plasma ketone bodies and skin gas acetone in hemodialysis patients」をToho J Medに発表し、学位を取得しました。研究フィールドとなることがほとんどなかった慢性維持透析ですが、長期生存が期待できるようになり、その病態は様々です。透析後で血中ケトン体は予想以上に増加していますが、そのプロフィールには予想外の変化が見られました。皮膚から排出されるアセトンガスも測定し、オリジナリティの高い論文になりました。

 1月28日に開催された学位審査では、緊張気味の鈴木先生でしたが、審査の教授たちの多数の質問に、丁寧に答えていました。

学位審査には、指導医の佐々木陽典先生も駆けつけてくれました。これまでの数少ない報告と異なった結果が得られたため、ケトン体の代謝についての考察は慎重に行われました。佐々木先生、瓜田、鈴木先生でなんども議論した内容はたった1枚のスライドにまとめられました。学位審査終了後に、そのスライドをバックにパチリ!

3月31日には学位授与式が行われました。学祖 額田先生の母上様の胸像の前で、記念撮影しました。写真をとってくれたのは、麻酔科の同期生 長谷川誠先生でした。ありがとうございました。

鈴木先生は神戸大学を卒業後、医師を志して再受験し、東邦大学に入学してくれました。30歳を過ぎてからの再受験でしたが、優秀な成績で卒業し、済生会横浜南部病院で初期研修を行いました。その後、東邦大学総合診療科に入局し、内科学会認定医、腎臓専門医を取得しています。川崎幸病院、長岡赤十字病院にもお世話になりました。誠実な人柄と思いやりの溢れた診療は多くの病院から高く評価され、年齢を感じさせない?フットワークの良さは、診療だけではなく、研究においても存分に発揮されました。鈴木先生、本当にお疲れ様でした。

 鈴木先生は4月から長岡赤十字病院に出向し、さらに総合診療医、腎臓専門医として研鑽を続けていきます。長岡赤十字病院のある長岡市は、幕末に活躍した長岡藩士 河井継之助が有名です。7万石の小藩でありがら、スイスのような武装中立を目指した長岡藩は、窮地に追い込まれた会津を中心とした東北列藩同盟と新政府軍の無益な流血を阻止するために、尽力してくれました。交渉決裂後に長岡藩は奥羽越列藩同盟に加わり、河井継之助が陣頭指揮に立ち、新政府と互角に戦いました。最終的には総崩れになりますが、小藩の奮闘は東北列藩同盟を奮い起たせたことは間違いありません。津軽出身の瓜田としては、長岡の鈴木先生との研究で新たな知見を得られたことは、大きな意義を感じています。津軽は蝦夷(えみし)が松前から渡ってきてこの国の津を借りて住んだことから「津刈」になり、都加留、さらに時代を経て津軽へと変化したと言われています。日本書紀によると,蝦夷の中で最も遠い「都加留」は独立の気配が濃厚で,戦でも負けることを知らない、と朝廷からの支配に抵抗してきた歴史があります.太宰治が「津軽」において、「弘前の城下の人たちには何が何やらわからぬ稜々たる反骨があるやうだ」と書いていますが、その気風は今も「じょっぱり」として残っています。

 話が脱線しましたが、長岡で地域医療に従事する鈴木先生の父上、健介先生の絶大な協力をいただき、今回の論文は完成しました。親子での共著論文は、格別な意味があります。健介先生、誠にありがとうございます。私は父親が急死したとき、死んだ父親の名前を入れて学会発表させていただき、供養したことを思い出しました。コロナ感染症が終息しましたら、長岡で祝杯をあげたいと思いますので、よろしくお願いします。

                        文責 瓜田純久

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